(96-3-1)
title: やさしさの精神病理
author: 大平 健
from: 岩波新書 650円
reviewer: 渡辺 隆裕(twatanab@soc.titech.ac.jp)

著者はこの本の中で、若い世代の中に今までとは違っ た意味での「やさしさ」という感覚が存在し、それが彼 らの心の問題を解く大きな鍵となっていることを、自分 が精神科医として接した人々の症例をもとにして明らか にして行こうとする。

普通、この手の本はいろいろな説を述べるが、表面的 なところしか観察せずに説教のような提言になるような ものが多い。また私は常々この問題を考えるときには彼 らの多用する「むかつく」「うざったい」「かったるい 」というキーワードなしには語れないと思っていた。

本の中で彼が患者に向ける気持ちは常に優しい。また 文章は彼らとの対話を中心に進むため、「うざったい」 などのキーワードをはじめ、彼らが使う言葉によって著 者の主張が語られてゆく。ちょっと構えて読み始めた私 も、読み進めるうちにどんどん彼の世界の中に引き込ま れていった。

各章の中心は、それぞれの患者が彼のもとを訪ねてき て、悩みを話すことから始まる。初めはわからない心の 病みの原因が著者が患者と話すうちに解き明かされてゆ く。読者も著者と一緒になって開かない扉の鍵を探して 行くようで、読んでいる側はさながら冒険小説や推理小 説を読んでいるような気持ちになる。このような著者の 特徴的な書き方は、前著の「豊かさの精神病理」でも同 じで、多くの書評でもこの点が取り上げられたようだ。 賛否はあるだろうが、私はこの書き方に随分と引きつけ られた。

正月に帰省して多くの旧友と会い、彼らがさまざまな 心の悩み、とくに対人関係を中心にした悩みを抱えてい ることを知った。私もまた然りであった。上の文章では 、この本の対象となる「若い人」を「彼ら」と表したが 、多くの事柄は自分にもあてはまるので「私たち」と表 した方が良かったのかも知れない。この本の中に出てく る患者は私にとっては他人ではなかった。私も私の友人 もこの本の中の「やさしさ」をバックにしたような対人 関係のバランスを取ろうとしている。バランスが崩れた ときには今度は自分が本の中にいそうな気がした。何か を知ることが解決にならないにしても、僕はこの本に書 いてあることを知り少し心を読み解いただけでもずいぶ んほっとしました。