吉本ばななのデビュー単行本を読んだ.「キッチン」,「満月 」,「ムーンライト・シャドウ」が収められている.これらの3 作品の主題は一貫して,近しい者の死,である.前2作では,父 母を早く亡くした主人公が,祖父を亡くし,そしてついに育てて くれた祖母を亡くし,その後に来る孤独な日々を過ごすさまが描 かれている.残念ながらこの2作は僕の趣味に合わなかったので 割愛する.ところが,大学の卒業制作として書いたという作者初 めての作品と言ってよい「ムーンライト・シャドウ」はなぜか心 を揺り動かした. この作品は,ハイカラそうな題に似合わず,若者らしいいちず さと深い悲しみ,それを乗り越える希望のきざしが描かれ,心理 描写のうまさ,および吉本としては比較的端正な言葉づかい,に よって佳作であると思った. 大学生の「さつき」は,4年間つき合った恋人「等(ひとし) 」を交通事故でなくす.「息の根が止まるかと思うくらい苦しん だ」,恋人が出てくる夢と目覚めた時の現実との落差,何かをし ていないと自分がだめになりそう,周りは以前と変りなく人々は 楽しそうに行き交う,といった描写は,心情をよく伝え,リアル だ.主人公は,もがきつつ「何とかもちこたえよう」と思い続け た. さつきは,長い苦しみの末,不思議な女性に教えてもらった「 七夕(たなばた)現象」を経験する.夜明け前のある朝,等との 思い出深い川へ行くと,亡くなった等にあげた鈴の音が聞こえ, やがてなつかしい等の姿を川向こうに見る.以前と同じ姿で立っ ている.夜明けの光の中でしだいに薄れていく中で手を振ってく れた等. これを契機にさつきは祈る,”もっと強くなりたい”と.そし て「私はもうここにはいられない.… 私は行きます.… 流れ る川を見つめながら,生きねばなりません.」,そう言って新し い生へと歩み出す. この作品は,これに,等の弟の柊−−この事故で自分の恋人「 ゆみこ」と彼女を送っていった兄を一度に失った−−の虚心な友 情,やさしさ,同じように恋人を失った柊に自らの影を見るよう な思い,を合わせて描いている.「ゆみこさんはよく,さつきさ んいつまでもいっしょに遊ぼうね.絶対別れちゃだめだよ,と言 った.」と幼い恋人たちを回想する描写など絶妙だ.これらを通 して,苦しみの中から生まれ出た,健やかな,生きることへの意 志をよく書いていると思う. 七夕現象あたりの筋立ては,完全に無理なく書けているとは言 えないが,第一作としてはそれを補って余りあるものがある.こ の作品はこれなしには成り立たないわけだし,それを通して僕は 「さつき」の変化とともに自分も心が昇華されるような思いがし た.
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